< 虚 >

 さらさらさらさらさらさら。
 砂の流れ落ちる音が聞こえる。
 掌に降り注ぐ砂の音が………。

 柔らかい雨が振っていた。
 庭の池にいくつもの輪を描きながらも音は静かだがけっして少なくはない量の雨だった。
 邸中の外へ面した柱に身を寄りかからせながら、藍楸瑛はじっと自分の掌を見ていた。
 少しも動かず、言葉を発することもなく。
 ただ、静派に見つめていた。

―――私が自分の掌に掴んでいるものは何だろう―――

 日頃の喧噪を離れ一人でいると頭を過ぎる事柄があった。
 特に今日のような、静かな雨の日には気持ちまで湿ってしまうからか、
普段なら『なるようになる』と思うことでも深く考えてしまう。
 「藍」と言う名。「将軍」と言う官位。
 国試を受けた事実。主と呼べる者のあること。
 それから、「藍」とではなく「楸瑛」と呼んでくれる友。

 一つ一つ挙げてみたら持っているものは意外にも多かった。
 今は掌に載っているそれらだったが、自分のものにしようと手を握ってみたらどうだろう。
 どれだけのものが自分には残るのだろうか。
 手に載せた砂を全部掴むのが難しいように、掌にのせられる量は多くとも、
 殆どのものが指の合間からすり抜けていってしまうのではないだろうか。
 そう思うと、心に空虚な想いが広がっていった。
 
 戸惑いながらも理想に向かって一歩ずつ進んでいく王がいる。
 強い想いを抱え、目標に向かってまっすぐに進もうとしている友がいる。
 では、
 では「藍 楸瑛」は―――?
 私は何に向かって進んでいるのだろうか?
 そもそも、進んでなどいるのだろうか?

 幼い頃に比べればとても大きくなった掌だったが、
 掴めるものは少なくなっているのかもしれなかった。
 視野が広がり、多くのものを掴んでいるような気がするのだけど、
 それは本当に「気がする」だけなのかもしれない。


 
 池に何かが飛び込む音が聞こえた。
 楸瑛は何処を見るともなく視線を彷徨わせていたのだが、
 その音の聞こえた方向に目を向けた。
 視線の先には、音を立てた何かの姿はすでに消えてしまい楸瑛には見えなかった。
 だが、楸瑛は立ち上がり、一歩また一歩と足を踏み出した。
 邸から外へ出てしまったため、雨が足を濡らした。
 それから、
 髪を濡らし、
 顔を濡らし、
 雨が衣に染み込んでも楸瑛は邸の中に戻ろうとしなかった。
 歩みを止め、昊を仰ぎ見ると雨粒は一点から降ってくるように見えた。
 まるで神が楸瑛に向かって降らしているようなその雨に、
 心の中にある空虚な想いが清められはしないかと楸瑛はぼんやりと思った。


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